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顎関節症

 

うさぎ

Sさんから学ぶこと:一般医科との関連

まず、 『かみ合わせ不良』患者さんの殆どは、多くの病院を受診され、 『自律神経失調症』、『更年期障害』『ストレス』『疲れ』『メヌエール症候群』等と言う おきまりの病名を先生に告げられていらっしゃいます。 そしておきまりの安定剤に、催眠導入剤なのです。 私も安定剤を処方され、服用した事が有りますが、めまいが主訴の治療で、 もっとめまいがひどくなったのには困ってしまいました。

次に『もう死ぬしか無い』です。

ここまで追いつめられる前に勿論色んな民間療法にも行かれたはずです。 それでもだめだったから、 『死』を考える状況になっていくのです。 最近色んな原因で、自殺者が増加しております。 96年は25000人近くの人が99年には、不況も要因となって、30000人の方々が 自殺で亡くなられています。 この数は、交通事故で亡くなられる方よりはるかに多くなっています。 まさに交通戦争ならぬ『自殺戦争』と言えるかも知れません。 ここで単に30000人と言うのは亡くなった方だけの数字で自殺をした人はこの数字の約4倍、 つまり12万人はいらっしゃるという事です。

はたえ先生

自らの大切な命を弄ぶ、そんな時代が現在なのかも知れません。 大切な命と解っていても、自殺に走らされる現代社会の問題提起がされているのだと思います。 私の友人も、この2年で2人、自殺で命を絶ってしまい、本当に悲しい思いをしました。 どんどん低年齢化していっています。 『歯をくいしばって頑張る』事が出来なくなってきているみたいです。

次に『最後は神頼み』です。

本当に悩まれた方は全てと言って良いほど、 『宗教』あるいは、『超科学』的なものにお金を投資されておられます。 私は、『宗教』あるいは、 『超科学』的なものを全く否定する事はしません。 実際、私自身も、そのような体験もしましたし、『宗教』として『神道』を持っています。 最近はオオム事件で、カルト的な新興宗教は少なくなって来ているといっても、信者さんは、 マスコミに叩かれても、『うちの教団は違うと』思い込んでいます。本当に『幸せ』なことです。

今、日本では『宗教』と言うと、なんとなく『う散臭いもの』として受け止められています。 私も、数年前までは、特にその傾向が強い人間でした。

しかし、色々な体験や、多くの素晴らしい宗教を実践されている方々と、素晴らしいご縁を頂いて 『宗教』と言うものを深く考えさせられました。

有名な作家の司馬遼太郎さんは、 『人間は、ほっておくと、どんどん野性化して行くので、 それを止めるのに、有効な方法である』と述べられ『飼い慣らし宗教論』的な事を述べられておられました。

名古屋で病院をされていた故人の山下先生が『宗教とは一種の学校みたいなもので、山登りに例えると、 頂上は一つで、どの道から登るかの違いです。』と、おっしゃられていたのを、強く感銘を受けました。

『頂上』とは、それぞれの人間にとっての、幸せと、その集合である、皆の幸せだと思います。 そして『学校』つまり『宗教』は、それぞれの方々にとって、何に一番ご縁が有ったかだと思います。

多くの方は『宗教』に、『救い』や『安らぎ』を求めて関係し始める傾向が強いと思いますが、 とかく『救い』や『安らぎ』を求めて選んだ宗教は得てして間違った『宗教』に関係する事が多くあります。

何故、自分は『宗教』をするのか、したいのかをある程度明確にしておかないと、 間違った方向に陥りやすいと思います。そういう時に限って、心にスキが出来やすいのです。

うさぎ

先ほど『自殺』の事について述べさせて頂きましたが、 『自殺』するよりも『宗教』を選んで『救い』や『安らぎ』を得た方が良いとは思うのですが、その前に何故、 『自殺』や『宗教』に『救い』や『安らぎ』を求め無ければいけないか、 という問題を真剣に考えなければいけない時期に来ていると思います。

そこには、希薄になった現代社会の『人間関係』が、大きな問題を呈していると思います。 何故、『救い』や『安らぎ』を、家族の間で、友人や先輩に求められないのでしょうか。
そういう風になってしまった、社会環境や構造をそろそろ真剣に考え、 変革していかなければいけない時期だと心から痛感します。

過去において、現在においても『宗教』は政治に大きく影響され、悪い面で利用されて来ました。 良い悪い、好き嫌いは別にして、日本人は『宗教』をもっと学んでおかなければ世界市民として、 いつも『蚊帳の外』に置かれる民族に成り下がってしまいます。

よく言われる事に『外国人とは、宗教の話は絶対にしてはいけない』と言われます。

とんでもない事です。外国の人たちは、殆どがその方の『宗教』によって、しきたりや風習等の、 生活や文化を創って生きていっているのです。最近、海外でも『宗教』離れが進んでいるとは言っても、 実際に『宗教』の名の元に、民族対立が起こり、いつも世界の何処かで戦争が行われているのです。

人間が作った宗教、そして人間の本来持っていると思う、 『信仰心』の狭間で人間として一生懸命生きていきたいものです。

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